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渋谷、東急、朝6時。

確か大学4年生の春のこと。春休みに特にやることもない勢いで渋谷東急本店でアルバイトをしていました。まだヤフーとかでバイト探すのは一般的ではなくそのバイトはフロムエーでみつけ電話をかけた感じです。

私が働いたのはデパ地下にある中華料理の総菜屋さん。さすがに渋谷東急にある店で値段も高級でした。昼までに商品を出すために朝は早い(朝はわりと強かったので)6時に渋谷東急に着くために5時半おきでした。

職場は地下でなく7階奥の厨房。裏から入り倉庫で制服に着替えてると警備員にそこは更衣室じゃないと何度も怒られました。バイトの内容は主にお弁当を詰める仕事。社員の方が餃子焼いたり唐揚げあげたりしたのをご飯やお漬物を加えてお弁当に盛り合わせていきます。最初はうまくいかず突然現れる本社社員に大声でダメ出しされるのに恐れながら何とかこなしてました。

1番辛かったのは暑いこと。3月でしたが高熱の中華鍋とおこわの蒸し器で夏のような暑さです。そこで働いていたのは私のように学生やフリーター、主婦の方まで年齢、性別もバラバラでした。少し前にはいったためかやけに指示してくる宮田さんやひょろひょろだけどキックボクシングをならってた川井くん、さすがに主婦なので弁当詰めが上手な大橋さん。

特に怖かったのは中華鍋担当の社員大熊さん。多分50代後半。クマのように大きな体でした。「バーミヤンとか良くいきますよ、美味しいです。」と言ったらすごい勢いでにらまれ「あんなの中華じゃねぇ」と怒られて以来苦手でした。ただ、時折「仕事は楽しくやるもんだ。」とぼそっとつぶやきつまらなそうに鍋をかき回す姿が印象的でした。

春休みなので週5日バイトし、昼ご飯は社員食堂で280円のうどん大盛りを食べるのが唯一の楽しみでした。毎日朝6時半から15時まで働きくたくたでした。いつも一人で井の頭線に乗るのですが、その日は、電車のすわったすぐ隣が大熊さんでした。ついてないなあと思いながらも頭を下げなんとかやり過ごしていましたが大熊さんが「お前、医者の学校に行ってるんだってな」と聞かれ、はあ、と答えると、「がんは治るのか」と突然聞かれました。そんなのどこの癌かもわからないし、まだ学生だからよくわかんないし、「たぶん」と小さい声で答えて下を向いてました。「おれ、がんだからこれから点滴だ」とぼそっとつぶやきました。え!突然のがん告知で戸惑いながらもよくわからず前を向いてうなずいてました。その瞬間、すっと立ち上がり大熊さんは明大前で降りました。

このことは誰にも言えず、それから大熊さんに近づくのは避けていました。3月末となり、バイトの最終週に突然大熊さんは来なくなりました。異動なのか倒れたのかわかりませんが来なくなりました。大熊さんがこなくなった理由はバイトには教えてはもらえず、かわりに日本語があまり話せない長さんが中華鍋担当になりました。大熊さんが病気だったという話も出ませんでした。

その後、予定通りバイトは終了。4月から僕は大学に戻りました。あれからバイト仲間にも合わないし渋谷の東急にもいっていません。いっても買うものないし。思い出すのは朝6時に渋谷駅から東急までの坂にはごみ袋がたくさんあり多くのカラスがねらっていました。不謹慎ですがカラスをみると大熊さんを思い出します。「仕事は楽しくやるもんだ」というのはどんな気持ちで言っていたのかはわかりませんが、たしかに楽しくやったほうがいいなとは思います。バーミヤンは今でも行きます。

日比慎太郎

 

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